たなかし@観る将×データ解析練習場

入院時の暇を利用して王位戦(木村王位×藤井棋聖)を観戦した2日間以来の観る将。データ解析の練習もかねて棋士の強さ解析を実施しながら、マニアックな角度からの観る将ライフを紹介。

見たい将棋

朝日新聞の村瀬さんの、羽生九段インタビュー記事が出てる。

【羽生善治】頂点を極めた「絶対王者」50代棋士としての戦い | 富裕層向け資産防衛メディア | 幻冬舎ゴールドオンライン

「最終的には中終盤のねじり合いでどう戦うかが大事」

羽生九段の力が落ちたと世間では言われている。

私は、AIのゲタを履いた方が結果は残しやすいが、羽生九段はそれを大事なこととは思っていない、ということだろうと思う。

 

報知の北野さんの、まっすー(増田六段)インタビュー記事も出た。

「若いのにAIのテクニックばかり学んでていいのか」“NBAフリーク棋士”が最先端バスケや藤井聡太・渡辺明に感じる凄みとは - 将棋 - Number Web - ナンバー

「やはり中終盤の力の差が大きいんです」

「藤井さんは未知の局面でも正解が出せる」

「佐藤会長(日本将棋連盟会長・佐藤康光九段)はAI的にはあり得ない将棋を指してA級棋士で在り続け、他棋戦でも勝ちまくっている。正直、あれ? と思いますよ。独創性と読みの力で勝ってしまうんですね。人間の力って凄いなと思える模範のような存在だと思います。」

 

羽生さん、ありがとう。まっすーも、ありがとう。

ファンが見たいのはそういう将棋なんだよ。藤井竜王の将棋も見たいけど、まあ見られるからいい。会長の将棋をもっと見たいかな。

 

ブラッドリーテリーモデル

ロジスティック解析でできない?

前回二項分布の話をして、ロジスティックモデルにこれまでの戦績をインプットすればできるんじゃね?

とか軽く考えていたのですが、できないですね、それ。

特定の2人の対局のデータだけ使ったら、たぶんできるんですよね。

例えば藤井竜王と豊島九段は昨年山ほど対局したんで、それらの戦績データを使えば真値に近い勝敗確率は求まるだろうし、

異なる条件(先手後手、持ち時間)が勝敗確率にどう影響を与えるか、まさにロジスティック解析でできるんですよね。

でもそれだと藤井竜王と豊島九段の間の勝敗確率しかわからない。異なる棋士の組み合わせのデータを使ってそれぞれの勝敗確率を求めるというアプローチは、

普通にロジスティック解析を使うアプローチではうまくできない、という結論になりました。

(できる方法はあるのかもしれませんが、自分にはその方法がわからないということです。まずデータの入れ方がわからない・・・)

 

Bradley-Terry(BT)モデル

というわけでプランBのブラッドリーテリー(Bradley-Terry)モデル(以下BTモデル)に移行したいと思います。

The Bradley–Terry model is a probability model that can predict the outcome of a paired comparison. Given a pair of individuals i and j drawn from some population, it estimates the probability that the pairwise comparison i > j turns out true, as

where pi is a positive real-valued score assigned to individual i. The comparison i > j can be read as "i is preferred to j", "i ranks higher than j", or "i beats j", depending on the application.

Bradley–Terry model - Wikipedia

日本語版のWikipediaの記事はないんですね。

テニスや野球のような1対1で勝負を争う競技の勝敗予測に使われるモデルで、当然将棋にも使えます。そういう点では、前に紹介したイロレーティングと同じです。

イロレーティングでは

イロレーティング - Wikipedia

を勝敗予測に用いていましたが、BTモデルの場合はもっとシンプルに上のような式を使います。上の式中のパラメータを

のように指数を使って表すと、ロジットを取れば

となるので、回帰分析をする上で扱いやすいです。というか、ここまでは私がロジスティック回帰でやろうとしていたことと、たぶん同じです。

 

BTモデルのRパッケージがある

勝敗予測でググればBTモデルはすぐ出てくるので存在は知っていたし、何ならRパッケージもあって気軽に解析ができることもわかっていました。

でもすぐに使わなかったのは、回帰分析の理論的背景がよくわからなかったからです。よくわからないものでも統計ソフトを使ったらどうにかなってしまうのだけれども、そんな簡単にそこに流れたくなくて・・・。

で、最初は理論的な背景がある程度わかっている二項分布-ロジスティック回帰アプローチから入ったんですが・・・できませんでした。ただ結局、

ロジスティック回帰を使ってやろうとしていたことはBTモデルを使ってやることと同じこと

ということはわかったんで、これでBTモデルの理論的背景はなんとなくわかったことにしましょう(笑)

 

Rパッケージ:BradleyTerry2

というわけでRパッケージの紹介。

www.rdocumentation.org

文字通りRでBTモデル解析を実施するためのパッケージなんで、BTモデル解析はきっと実施できる。でも何をインプットにして何がアウトプットになるのか、これだけではわからない。

このRパッケージを紹介してくれているブログがありますね。

dev.classmethod.jp

BradleyTerry2パッケージにはあらかじめ1987年の東部アメリカにおける野球チームの試合結果が用意されており、これは以下のようにbaseball変数に束縛できます。

data("baseball", package = "BradleyTerry2")

変数の中身を上から見てみましょう。

head(baseball)

出力結果です

  home.team away.team home.wins away.wins
1 Milwaukee   Detroit         4         3
2 Milwaukee   Toronto         4         2
3 Milwaukee  New York         4         3
4 Milwaukee    Boston         6         1
5 Milwaukee Cleveland         4         2
6 Milwaukee Baltimore         6         0

各カラムの表す意味はそのままの意味で、左から順にホームチーム、アウェーチーム、ホームチーム勝数、アウェーチーム勝数です

BTモデルで使うbaseballのデータはこんな形しているんですか。野球のように比較的少ないチームでリーグを構成して、同じチームと何回も当たるリーグ戦形式の場合には、こういうデータのまとめ方でも理解できますが、将棋だとこういう風にまとまったデータはないので、そのままでは使えないですね。

 

他に例はないかなと調べてみると、icehockeyというデータがありますね。

f:id:sdentyu:20220320202241p:plain

これは1試合ごとにレコードが作られているデータセットなので、この形式なら将棋でも作れそうです。result欄が勝敗の結果ですね。(result=1でvisitor勝利。result=0でvisitor敗北。ちなみにresult=0.5で引き分けという結果も入っている。)

 

BTmって関数でBTモデル解析ができるみたいです。

player1とplayer2で対戦チームをインプットして、勝敗の結果はoutcomeでインプットするんですね。player1の方が勝利した場合のにoutcomeが1になるようにデータを作っておけばよい、ということかと思われます。

各チームの係数(coefficient)、つまり強さスケールがアウトプットとして出てきます。

f:id:sdentyu:20220320203138p:plain

強さスケールの推定値と推定精度(SE)を表示するにはBTabilitiesという関数を使うみたいです。Alaska anchorageがability(強さスケール)が0になっているのは、このチームを基準とした相対値として各チームの強さスケールが計算されているからですね。

f:id:sdentyu:20220320204746p:plain

例えばこの結果から、Alaska AnchorageとAir forceの勝敗確率を計算してみると、勝敗確率は

で計算されるので、e^(-1.4135)はだいたい0.25なので、Alaska anchorageがAir forceに勝つ確率は1/1.25で約80%と計算されます。その逆は0.25/1.25なので約20%ですね。

 

 

Rパッケージを使ったBTモデル解析は使えそうですね。これを適用して各棋士の強さスケールを算出し、勝敗確率を算出してみようと思います。

 

 

 

鬼の棲み処最終局(2)ーベテラン棋士の生きる道

現代将棋とベテラン

もう一局、もう1人振り返っておきたいB1棋士がいる。屋敷九段である。

おそらく多くのファンが気づいているであろうことだが、屋敷九段は今年から振り飛車党になっている。

最終局はなんと近藤誠七段に後手四間で勝ったというのだ。モバイル中継してほしかった…。ABEMAのマルチアングルでもよかった…。

 

評価値ディストピア

意表の振り飛車といえば、記憶に新しいのは前期の王将リーグ(2020年)で、当時藤井二冠に対していずれも居飛車党の永瀬王座と佐藤天彦九段が振り飛車をぶつけたことだ。

ただ永瀬王座の場合は、その後は去年の竜王戦挑戦者決定戦第一局でも当時藤井二冠にぶつけたのみであり、「対藤井スペシャル」として投入していると考えられる。

一方天彦九段の場合、それ以後何局か振り飛車を指しており、永瀬王座のような一局の勝負に勝つために投入したスペシャル対応という感じではなかった。

天彦九段は振り飛車の特性と振り飛車へのチャレンジについて以下のように語っている。

――佐藤九段はデビューから相居飛車の最新形で戦ってきました。いまは飛車を振ったり、陽動振り飛車のような力戦形を増やしています。理由を教えてください。

佐藤 試行錯誤の一環です。ソフト研究をガリガリやる、巧みに外す、オールラウンダーになって手広くやる。どれが自分に合ったスタンスかを見つけようとしています。

(中略)

――改めて、振り飛車のどういうところに目をつけましたか。

佐藤 振り飛車は個性を出しやすく、自分の好みである程度指しても大丈夫な戦法です。最善手を選ばなくても、居飛車と違っていきなり400、500点も減りません。出発点がマイナス100点ぐらいで少なめだけど、そこから減るにしても現局面より模様が悪くなるぐらいですみます。

ユートピアを求めて、藤井聡太との大一番で振り飛車をぶつけた理由 | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンラインbunshun.jp

 

天彦九段が試行錯誤の中で、「ソフト研究がガリガリ」必要な相居飛車の戦いではなく振り飛車をを試すに至った背景として、彼が今のプロ棋士の状況を「評価値ディストピア」と語ったことが関連している。

佐藤 初形から話を始めると、基本的に先手の初手は▲7六歩か▲2六歩で、そこで後手がどう指すかが早くも岐路なんです。大きく分けると2つで、「評価値を下げずに頑張るぞ!」っていうのが△8四歩です。そのかわり現代の居飛車三大戦法である矢倉、角換わり、相掛かりといった戦型の最新形のシビアな変化を整理して、受けて立つ覚悟が必要になります。

 2手目△3四歩ならそういった居飛車の主流研究を外してシビアな研究合戦に押し込まれないとはいえ、評価値の低い戦法を採用せざるをえない。確実に50点、100点は下がると思われています。例えば横歩取りは評価値が低いし、雁木系も横歩取りほどは下がらないかもしれないけど、相手に主導権を握られる。そして、振り飛車も点数が下がる。どれも先手がアドバンテージを得られるわけです。

 1回だけの勝負なら、押される展開になってもいいんです。でも、ずっとそうやって対局を続けていくのは厳しいかもしれない。そこで棋士は悩み、自分のスタイルを考えるわけです。もちろん、研究だけで勝負が決まるわけじゃありませんし、そんな細かいことを考えずに好きな戦法を指すという人もいます。

「評価値ディストピア」の世界をトップ棋士はどのように見ているのか | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンラインbunshun.jp

今はAIがあるので、評価値が最も高い(下がらない)手を「事前に覚えて」棋戦で指していくということが可能になっていて、そのような現状のことを「評価値ディストピア」と呼んでいるのだと思う。これは将棋はゲームなのに地獄のような世界になってしまっている、と。

なお、天彦九段は昨年の夏以来、飛車を振るのをやめている。そして最近は調子がよい。評価値ディストピアの中に再び飛び込んだのか、そうではない何かを見いだしたのか、今後も注目したい棋士だ。

 

ベテランの振り飛車党への転向

というわけで、屋敷九段の振り飛車転向は、天彦九段の語った「評価値ディストピア」の文脈の中で説明されることなのではないかと思う。

プロ棋士振り飛車党が居飛車党に転向することは自然なことだ。将棋を始める場合、やはり振り飛車の方が序盤・中盤・終盤の展開がわかりやすく指しやすいが、「1手かけて飛車を振る」ということがプロ棋士界であまり評価されないのは、AIが登場するずっと前からのことだ。最近のトップ棋士でも永瀬王座や広瀬八段は転向組で、また若いうちに転向は行われるように思う。

に対し、居飛車党から振り飛車党への転向は非常に珍しい。最近では北浜八段ぐらいだったと思うが、ただ、古いが非常に重要な例がある。大山康晴十五世名人だろう。

大山十五世名人が振り飛車党になったきっかけは、無冠になって対局が増え、居飛車の研究量が多すぎることに消耗していたところ、振り飛車を勧められたとのことらしい。

振り飛車党列伝 | 将棋ペンクラブログwww.google.com

結果的に69歳で亡くなるまでA級を守り、多忙な会長職も13年間務めている。研究合戦で勝敗が決まらない振り飛車の特性がマッチしたということなのだろう。

近藤誠也七段に屋敷九段が振り飛車で勝ったというのはかなり大きなニュースで、もちろん屋敷九段の実力あってのことだが、相居飛車だったら正直近藤誠也七段に分があると考えた方も多かったことだろう。順位戦が終わり新シーズンに向けて準備を進める中で、「評価値ディストピア」からの脱出を試みて、特に実力派のベテラン棋士振り飛車党に続々と転向する、なんて展開もあるのかもしれない。

 

A級棋士と現会長

AI全盛期の現代将棋、つまり評価値ディストピアはベテランにより厳しいと言われるが、その傾向はA級棋士の平均年齢を見るとわかる。

来期の順位戦A級のメンバーの中で、年齢最小値の棋士も1人だけ10代で外れ値だが、最大値の棋士も1人だけ50代で外れ値である(40代はいない)。

A級メンバーよりも、ひょっとするとB級1組メンバーの方が、A級在籍期間が長い棋士は多いのではないですかね。羽生九段を始め、屋敷九段、三浦九段、郷田九段、久保九段、丸山九段。実に濃い。

その中で連盟会長の佐藤康光九段だけがA級でやれてるのはどういうことなのか。佐藤康光九段といえばその独創的な序盤戦術が特徴だと思いますが、それが「評価値ディストピア」の世界の外にいられている秘訣なように思えます。

佐藤康光九段がその独創的な戦術を駆使するようになったきっかけについては以下のように語っておられます。

――若い頃の"緻密流"から現在の独創的な棋風に変わった時期はいつ頃でしょうか。

20代の後半だと思います。羽生さんとタイトル戦を戦っていくなかで、全く歯が立たないという時期がありました。このままではトップに立てないと思い、考え方を柔軟にして棋風の転換を図ったのです。当初は羽生さんとの対局で独創的な指し方をしていました。今は全体の8割ぐらいでしょうか。

佐藤康光九段、最年少で紫綬褒章を受章「羽生さんに勝つために独創的な棋風に」|将棋コラム|日本将棋連盟www.google.com

現代の将棋界の「正攻法」「王道」がAIでの序盤研究で、それを突き詰めた世界が「評価値ディストピア」。

かつては羽生九段が王道であり、あえて王道を外れることで勝負を挑んだ佐藤康光九段が、「評価値ディストピア」な世界でさらにご自身が会長職務で多忙になっても通用するのは、かつて大山康晴十五世名人が振り飛車党に転向してから生涯現役・A級棋士として活躍できたことと通じるものがあるのかもしれない。

 

将棋の王道

将棋の「王道」というのは渡辺名人がよく使う表現で、彼曰わく、今王道の戦い方ができるのは藤井竜王だけだ、とのこと。

詳細は、将棋世界4月号の王将戦第二局の特集をお読みください。将棋ファンなら絶対に読むべき。

https://www.amazon.co.jp/将棋世界-2022年4月号/dp/B09RVDXB3Rwww.amazon.co.jp

 

この順位戦で羽生九段がA級から降級し、藤井竜王がB級1組から昇級することでこの二人が順位戦で同じ組になることなくすれ違った。

世代交代を象徴しているとはよく言われているが、王道を背負う役目が羽生九段から藤井竜王に引き継がれたとするなら、

羽生九段は今後どのような将棋を指すのだろうか。

 

 

 

 

 

鬼の棲み処最終局(1)

期待以上の熱戦

藤井竜王が楽勝に終わることはないだろうと思っていたが、午前中からこんなに盛り上がるとは思わなかった。仕事に集中できないじゃないか。

予感は当たった。

 

藤井竜王の長考と局面複雑化

藤井竜王の1時間以上の長考は2場面。

  1. 26手目 △3五同歩(94分)
  2. 56手目 △6二玉(84分)

いずれもその後の一連の流れの中で、いわゆる評価値を下げる手を指している。解説の棋士にも意外に思われる手であったようだ。自然な手を積み重ねない選択をしたということは、劣勢を跳ね返すために局面を複雑化させる手を選択したということであり、そのための長考であったと推測できる。

1回目の長考時点では見事に佐々木勇気七段の研究が炸裂した形だ。局面を見る限りはそれほど意外な形でもなかったし、モバイル中継でも割と最近の前例が指摘されていた。ABEMAでも飯塚先生の解説を聞く限り、少し工夫が入った速攻の仕掛けだったようで、佐々木勇気七段がこの前例を研究で掘り下げて、この一局にぶつけたようだった。

ただ実際、1回目の長考により研究の本筋を外れたせいか、佐々木勇気七段がその後選択した手で評価値は少し後手側に戻された。

  1. 41手目 ▲3四角(20分)

2回目の長考の後、藤井竜王はほとんど時間を使っていない。それは佐々木勇気七段が「勝ちになった」と思っていた勝負手が繰り出された時もだ。72手目の9分は、実質的には76手目以降のことを描いていた時間であったはずで、佐々木勇気七段は76手目を指された時点で66分長考し、「気がついたら負けになっていた」ということなのでしょうか。

 2. 71手目 ▲3二銀成(2分)

  72手目 △3二同飛(9分)

  (中略)

  76手目 △8二飛(0分)

 

センス・才能・努力

珍しく藤井竜王も「逆転勝ち」と表現する一局で、観る将に対するエンタメ性の高い名局だったなと思った。

佐々木勇気七段といえば、天才肌。その才能については永瀬王座が散々口にしている。それに対して藤井竜王については、これまた永瀬王座は才能と努力の両方が突き抜けていると。

今年の順位戦、序盤戦から飛ばしまくった佐々木勇気七段評は、かなり大きくよい方に変化していたように感じた。序盤研究にかなり力を入れていることが感じられ、かなり努力をしていることが伺われた。そしてその意識の中には、明らかに藤井竜王があった。将棋ファンがそれを感じたのは、おそらくABEMAトーナメント決勝戦だろう。

 

順位戦最終局、佐々木勇気七段は▲3二銀成というセンスが凝縮された一撃を繰り出した。その発想はやはりプロ棋士の度胆を抜いたようだが、山本四段の指摘の通り、評価値が悪く視聴者には?な手となってしまった。

 

この二人だからこそ実現するドラマ

藤井竜王は9分の考慮で正しく攻略しているのだが、これは9分で正答に到達できたのか、それともその前からわかっていた罠だったのか…藤井竜王ファンとしてはむしろそこが気になる。

56手目の△6二玉は、評価値的には△6三玉を下回るものだった。ABEMAで解説していた高見先生も自然なのは△6三玉としていただけに、藤井竜王は自然な手を選択しなかったことになるが、それはなぜだったのか。

佐々木勇気七段が▲3二銀成を放った場面、藤井竜王は「さあここが難しいでしょう。どうですか?」と手渡しした場面だったのかもしれない。

ただ佐々木勇気七段の天才たるゆえんは、そこで二分で▲3二銀成を指してしまうところなのかもしれない。見えちゃったのだろう。その後藤井竜王は9分使っているので想定していた手ではきっとなかったのだろうが、逆に9分で攻略法が見つけられてしまっていることを考えると・・・でもそこが天才佐々木勇気の魅力なんですよね。

感想戦では、2分で指したことは後悔されていました。(5時間10分くらいからその局面)

youtu.be

 

いやぁ、また順位戦で見たいカードだな。将来A級で実現するのかな(お相手が名人防衛モードに入っていなければ・・・)。

二足のわらじ

一点突破かリスク分散か

人生に置いてリソースを一点に集中させて大成を目指すか、色々なものにまんべんなく手を出して気に入った進路を取っていくかって一大哲学テーマだけど、日本では競技スポーツだと一点突破型の方が大半ですよね。

海外だとそうでもない気がしますが。フィギュアスケートのネイサンとか。

将棋の世界は特にその傾向の強さを感じます。多くの競技スポーツは練習に使う体力に限界があるので一日中練習しているわけではないですが(野球のダルビッシュは1日2時間程度と言っていたような)、将棋もエネルギー将棋は多いとはいえ、そもそもプロ棋戦だって一日中やってますからね。

藤井竜王は高校を中退してから更に強くなった1年なんて言われますが、1日13時間勉強の永瀬王座軍曹が、藤井竜王はもっと努力しているとか言っていますからね…。

 

二足のわらじ棋士の調子

そんな中で二足のわらじ棋士、つまり他にやっていることがあるプロ棋士がいますが、私は応援したいです。そういう取り組み方もあってほしいという私の個人的願いもあります。

最近公認会計士資格を取った船江六段が叡王戦ベスト4進出ですね。船江六段といえば昨年のABEMAトーナメントで藤井竜王に一勝を上げた数少ない1人です。

将棋界への発展に欠かせないであろうAI研究者の谷合四段は順位戦で降級点を取ってしまいましたね…。棋王戦ではベスト8に進んだりしており大丈夫だと思うのですが、この順位戦降級からの引退のシステムは本当に恐ろしい…。

株主優待で有名な桐谷さんは引退後の人生が華々しいですが、色々なパターンがあったほうが多様性があってよいです(たぶん)。

二足のわらじ棋士は今後もどんどん出てきてほしいですし、活躍を期待しています。

勝敗予想モデル

勝敗確率と結果の分布:二項分布

棋士Aと棋士Bが一局交えた時の勝敗の確率はどう計算するか?

 

コインを投げたときに表が出る確率は1/2というところは異論無いところだろう。ただ、コインを2回投げた場合に表と裏が1回ずつ出るとは限らず、表が出る場合も裏が出る場合もある。

サイコロを投げたときに1が出る確率は1/6というところは異論ないところだろう。ただ、サイコロを6回投げた場合に1がちょうど1回出るとは限らず、1が1回も出ない場合もあれば、2回以上出る場合もある。

結果がYesかNoかいずれかである試行をn回行ったとき、Yesは0回出る時もあればn回出る場合もある。このYesの出方は「二項分布」に従う。

ja.wikipedia.org

例えばコインを2回投げる場合、表が出るパターンは0回、1回、2回の3通りあって、表がちょうど1回出る確率は2x(1/2)x(1/2)で50%、0回の確率は(1/2)x(1/2)で25%、2回出る確率も(1/2)x(1/2)で25%である。これらの確率をすべて足すと100%になる。

サイコロを6回投げた場合、1が出るパターンは0回、1回、・・・、6回の7通りある。ちょうど1回1が出る確率は6x(1/6)x(5/6)^5で約40%、1回も1が出ない確率は(5/6)^6で約33.5%である。ちなみに1が続けて6回出る確率は(1/6)^6で約0.002%とのこと。

 

棋士Aと棋士Bが一局交えました。棋士Aが勝ちました。では棋士Aの方が棋士Bより強いですね、とは必ずしもならない。

棋士Aと棋士Bの勝敗確率が本来1/2だったとしたら、1回の勝負で棋士Aが勝つ確率は50%である。仮にその状況で棋士Aが1局勝ったとして、それは確率50%で起こる事象が偶然起きたに過ぎない。ただ勝負を10局、20局と積み重ねていけば、棋士Aの勝つ確率は50%に近づいていくはずである。

math-note.xyz

 

勝敗予想のモデル化-レーティングの方法を応用する

もともと勝敗の確率を知りたいという話でこのブログはスタートしているので、重要なのは本来の勝敗確率をいかに知るか、である。

将棋のプロ棋戦はかなりの数行われているとはいえ、同じ相手と何局も指すのはタイトル戦ぐらいある。タイトル戦のデータだけでは多くの棋士の「戦闘力」を知ることができない。全棋戦のデータを使って、全棋士の「戦闘力」を推定したい。

なので、「モデル」が必要だ。

イロレーティングでは以下のようなモデルを用いて勝敗確率を算出する。

f:id:sdentyu:20220305193123p:plain

イロレーティング - Wikipediaより

WAB棋士Aが棋士Bに勝つ確率、RA、RBはそれぞれ棋士AとBのレーティングの値である。

イロレーティングではこれまでの戦績を一つずつ積み上げてレーティング値を計算しているが、棋戦データとこのモデル式を用いてレーティング値を一気に求めてしまおう、というのが今回のデータ解析のコンセプトになる。

正直うまくいくかはわからない。とりあえずプロ棋士のレーティングの平均値を1500とする条件を設定しないと、今世の中で使われているレーティング値と比較できるものにはならないはずだが(というか条件を設定しないと各棋士のレーティング値そのものも推定できないはずで)、とりあえずそんなに目標を高く設定するのはやめておこう。

 

というか、これ、うまくいくのだろうか。

観る将がデータ解析するモチベーション

観る将もいろいろ

一言で言うと、私は「盤上の物語」に一番興味がある観る将です。

将棋めしとかはそんなに興味はありません。

多少指すこともできますが級位者レベルで、そもそも勝負事は嫌いです。ただ「盤上の物語」を読み取るためにある程度指せる必要はあるかと思ってます。

藤井竜王の将棋はよく見ます。特に藤井ー豊島戦が最高に好物です。「盤上の物語」将としては、昨年の竜王戦後のNHKスペシャルが最高の推しです。

www.google.com

 

盤上の物語将

自分で言ってて「盤上の物語将」って何だよと思いますが、将棋そのものよりも「棋士がなぜその手を指すに至ったか」のいうことに想像を巡らせるのが好きです。

AIと一致する指し手よりも、AIと一致しない指し手の方が興味あります。

投了までの時間の使い方、表情、態度の変化、大好物です。

昨年の竜王戦第4局、今年の名局賞候補にも挙がっていますが、純粋に将棋の観点では王将戦の第1局や王将リーグの藤井ー羽生戦も候補に挙がるのかもしれませんが、私にとっては竜王戦第4局がはるかに抜けています。

あの時間は後にも先にもなかなか経験できない時間だったように思います。

number.bunshun.jp

 

盤上の物語将はインタビューが好き

最近のインタビューで好きなのは、王将戦でストレート負けしてしまった渡辺名人の対局直後のインタビューと、A級からの降級が決まってしまった羽生九段のインタビュー。

渡辺名人のインタビューを聞くのは(もしくは読むのは)、普段は楽しいことです。ただ、前回の棋聖戦でもそうだったのですが、タイトル戦で藤井竜王にボロ負けしたときの渡辺名人のインタビューは、色々な思いを押し殺せない姿が見えてしまい、辛いです。

kifulog.shogi.or.jp

kifulog.shogi.or.jp

 

羽生九段のインタビューは、降級直後に来期のことを問われていて、誰だこんな不躾なことを聞く奴はと思いました。朝日新聞の村瀬記者でした。

将棋の観る将であれば、朝日新聞の村瀬記者がどういう人で、どういう思いでそれを聞いたのか、それを想像するだけで泣きたくなります。村瀬さん、ゴメンナサイ。不躾なんて思ったりして。

t.co

(3:45くらいから)

www.asahi.com

 

棋士の「調子」ー盤上の物語に影響を与える

今年のA級最終局は昇級、降級、きまっちゃってたんで、そんなに一生懸命モバイル中継を見ることもなかった。

ただその中で、私が気になっている棋士2人、佐藤天彦九段と菅井竜也八段の将棋は少し注目して見ていた。

この二人の特徴は、今とても調子がよいこと。最近の戦績が良く、強い相手をバンバン倒している。

調子の波というものは明らかにある。これは盤上の物語に大きな影響を与える要因だと思う。調子がメンタルに影響するのか、メンタルが調子に影響するのか、両方なのか、いずれにせよメンタルの違いが盤上の物語に影響を与えている。

調子の波は人によって大きかったり小さかったり。何が影響しているのか。そして今年の羽生九段はどうだったのか。正直、そんなに調子が悪いようにも見えなかったが順位戦の成績が目立って悪かった。

 

盤上の物語に影響するものを可視化したい

勝敗予測のためのデータ解析がしたいのは、この調子という因子を可視化したい、というのがあります。

調子の可視化はかなりレベルの高い話なのでそこまで到達できるかわからないのですが、同じような話として「得意不得意」も可視化したいと思っています。それが「先手後手」「長時間棋戦・短時間棋戦」の話です。

今のレーティングを元にすると、どんな棋戦であってもタイトル獲得または優勝する確率が最も高いと計算されるのは藤井竜王となり、しかも他を圧倒してしまいます。八冠もあっという間に達成してしまうと。

でもたぶんそんなことない。NHK杯の優勝はなかなかできないような気がしますし、八冠はいずれは取るかもしれないけど、その前に叡王は奪取されたりするかもしれない(前期叡王戦は本当にどちらが取るかわかりませんでした)。

今のレーティングは、少なくとも盤上の物語将にとってはつまらない。もっと面白いものを作ってみたい。そういう思いです。